バリ島訪問記

2009. 9 田中 克 氏(京大名誉教授)
「森里海(もり さと うみ)連関学への道」の著者です

9月12日夕方から16日午前までバリ島を訪問する機会に恵まれました。正直、恥ずかしながら観光ガイドブックに載っているレベルの理解しかありませんでしたが、全く異なるバリ島の実像に触れることができました。

そもそもの訪問のきっかけは、4月に東京で行われましたNPO法人ものづくり生命文明機構のシンポジュウムにおいて、大橋 力先生(音と文明、2003;岩波書店、の著者であるとともに、音楽家山城祥二としてもご活躍)が人間の耳には聞こえない長周波の環境音があること、そのハイパーソニック環境音は熱帯雨林の中で最も顕著に存在すること、そしてその音は脳幹に働きかけてストレスを解消し、免疫力を高めるというお話を直接お聞きする機会に恵まれたことにあります。

大橋先生が35年かけて、地元の民族音楽ガムランや民族舞踊ケチャを育て高める上で絶大な貢献をなされ、地元ウブド村の王家(王様)と懇意になられ、時価数十億円はする土地を借り受けられ、それは立派な会員制のプライベートリゾートを作られています。私たちはそこに泊めていただきました。火山島であるバリ島の自然的特性をうまく利用した水理灌漑システムを発達させ、村落共同体でうまく維持管理している様子、地元が生んだ世界を代表する現代画家を訪問、そして何よりも大橋先生のご自宅兼研究所前の広い庭に、最高級のケチャ(約150名)とガムラン(演奏者25名と踊り手10人ほどとその補助者多数)の皆さんにお越しいただき、私たち9名の訪問客のためだけに特別の公演をしていただいたのです。そして、そのことにとても恐縮していた私たちに大橋先生は、あの人たちは神に踊りや音楽をささげているのですとおっしゃいました。

ガムランの踊りは歌舞伎の動きと大変よく似ていることに驚かされました。8歳か9歳の女の子が大人顔負けの素晴らしい踊りを見せてくれました。きっと物心がついた頃から歌舞伎役者の家に生まれた子供と同じように村落共同体でガムランを習い、特別の才能を見い出されたのだと思われます。大橋先生のお宅の庭は森の中です。高周波の環境音がある場所です。そこで、現代音楽にはない高周波を出すガムランが演奏されたのです。どのような高周波があたりを満たしていたか測り知れません。このようなこの上ない“贅沢”をさせていただけたのは、如何に大橋先生が地元に計り知れない貢献をされたかをよく物語っています。

このウブド村では、日本が数十年前になくしてしまった共同体組織がしっかり維持されて、自然と共存し、人と人が日常的につながる暮らしの根源となっているのです。本当に感動しました。そのような背景にはかつて第二次世界大戦においてこのバリ島はオランダの激しい侵攻に耐え、国土を守りぬいた自信があると伺いました。そして、インドネシアでは珍しく、ヒンズー教の流れを汲み、村や町のいたるところに大小の寺院があり、各個人の家にも必ず信仰の山の方角に寺院があるのです。このような篤い信仰心をもとに、村々に古来伝わるものづくり(銀細工、つるで編んだ工芸品、木彫りなど)を最高レベルに開花させ、それらは今や世界各地にどんどん輸出されているのです。近代先端テクノロジーを前にしてそれらをすべて放棄してしまった日本とは全く異なる持続社会の原型があると強く感じました。

私自身の人としての未熟さと森里海連環学の“ひよこ”状態を素直に感じることができ、これからそれらを深めていく挑戦のしがいや楽しみをも感じさせてくれる3日間でした。とてもこの感動は言葉では表せませんが、かすかな“香り”でもお伝えできればと願っています。

まだまだ感動冷めやらぬ中で

平成21年9月17日 コタキナバルにて 田中 克

(京都大学フィールド科学教育研究センター発足とともに、日本の自然の根幹をなす森と海の深い結び付きを再生する新たな統合学問「森里海連環学」を提唱し、その普及と深化に取り組む。現在マレーシアサバ大学持続農学部客員教授。森は海の恋人運動の畠山重篤氏が代表を務めるNPO法人「森は海の恋人」理事:masatnk@yahoo.ne.jp)


目次